情報の扱い方の重要性に気付く学生時代
皆さんは地下鉄サリン事件の前に起きた松本サリン事件をご存じですか。この事件は人々が情報を鵜呑みにしてしまったことで、更なる被害が出た事件です。松本サリン事件では、被害者だった方がマスコミの報道によって加害者になってしまったのです。つまり冤罪報道ですね。それを私たち国民は疑いもせずに信じてしまったのです。事件当時私は、松本市に住んでいました。私の間接的な知り合いが被害者になってしまった身近な事件だったため、人々が情報を鵜呑みにすることの危うさを、昔から感じていました。学生時代の経験をきっかけに、情報の正しい読み解き方についての教育に興味を持ち、研究を進めていくことにしました。
情報は誰かが組み立てているということが大前提
私たちはSNSやネットの情報などを見て気になる場所を見つけ、そこを訪れたことはあると思います。しかし実際に行ってみたら、自分が思い描いていた場所と違うことはよくあるのではないでしょうか。なぜそのようなことが起こるのかというと、体験していない情報が他者のフィルターを通して受け取るからです。つまりどの情報も必ず誰かの思考や主張によって組み立てられていて、私たちはそれを見ているに過ぎない。したがって、得た情報が実物よりも綺麗に見えたり、楽しそうと思ってその場に行ってみても、想像していたほど楽しくないということが起きてしまうのだと思います。そのため得た情報は誰が発信しているのかを考慮すると同時に、さまざまな意見を取り入れ総合的に判断をする必要があります。
日常生活でも培われる正しい情報の見方
ここ数年で急激に普及した生成AIに関しても、何からできているのかを私たちは気にする必要があります。chatGPTから得られた回答でも、100%正しい回答が得られるわけではなく、見当違いな返答も多くあります。ある程度の知識を持っている大人からしたら、間違った回答に対する違和感に気付くことができるかもしれません。しかしあまり知識のない子どもからするとその判断は難しく、そのままchatGPTからの回答を採用してしまうでしょう。またSNSを使う際にも、今のようなアルゴリズムでは、自分の嗜好性で情報が集まってきてしまう傾向にあります。私たちの得られる情報が偏ってしまっていることを意識しておかなければなりません。それを踏まえた上で、複数の媒体やサイトから情報を確認することが大切となってくるでしょう。
教師が生徒たちにメディアリテラシーの指導ができるタイミングはいくらでもあると思っています。日常生活に溢れている不自然なグラフなどを例に、グラフのつくり方は正しいかや、示したいことが正しく分かるものになっているかなど考えていくと良いかもしれません。例えば円グラフの面積や折れ線グラフの軸の間隔が意図的に歪められているものでないかなどです。教師が生徒たちに取り立ててメディアリテラシーの勉強をさせる必要はなく、日常生活の中に学習できる機会は転がっているということを意識させましょう。教師が授業でグラフを正しく見るポイントなどについて教えることで、生徒たちは一度情報を疑ってみてみるということを身に付けられるかもしれません。

信州大学 教育学部 准教授
佐藤 和紀 氏
2006年東京都公立小学校・教諭、2017年常葉大学教育学部・専任講師、2020年信州大学教育学部・助教を経て、2022年より同・准教授、2023年独立行政法人教職員支援機構・フェロー。
専門は教育工学、特に情報教育、ICT活用授業、メディア・リテラシー。
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